夢見ない夢子は夢を見たい

実際、見てばかりですけどね

「完璧」で武装する、強くて脆い女

働く女性のバイブルといえば、やっぱりおかざき真里先生の「サプリ」は外せないと思う。広告代理店で働く20代後半から30歳前半までの働く女性たちを描いていて、2000年代前半の作品であるために現在に比べるとアナログな描写もありながらも、働く女の仕事へのモチベーションや恋愛に求めるモノの本質は変わらないことを教えてくれる、もう何十回と読み返している大好きな作品である。

 

 

たくさんの人に愛されている傑作なので、今更私ごときが良さを語る必要はないのだけれども。登場人物のキャラクターの中でも「田中ミズホ」への愛がやっぱり止まらない。

 

「完璧な女」田中ミズホ

田中ミズホは主人公の藤井ミナミの3年次先輩にあたる、営業局の女性。いつでも美しく着飾り自分の魅力を自覚しながら、しなやかにバリバリと仕事を進めるデキる女。そして、作品の序盤でミナミと恋愛関係になる荻原聡の忘れられない元恋人で、内閣官房のエリート夫と結婚後もなお荻原と逢瀬を重ねては彼を翻弄し続ける恋敵として登場する。

 

ミナミはすぐに荻原の忘れられない女性がミズホであることに気づき、いつでも「完璧に美しく」自分とは正反対の魅力にあふれたミズホにコンプレックスを抱き悶々とする中、仕事で大きなミスをする。それを他ならぬミズホにフォローされ

 

「藤井さん 謝っちゃえば楽でしょうけれど それは解決ではないのよ」

出典:サプリ 2巻

 

という仕事人としてこの上なくキツいお叱りを受けた上、荻原と交際関係にあることも知られてしまう。

(社内恋愛をしたことがない身としては下世話だけどワクワクする)


ミズホは荻原に執着しつつも、ミナミをサシで呼び出し泥酔しながらわざわざ絡んだりとにかく厄介なムーブをかます。しかしそれは荻原に関連する悪意というより、ミナミという人間への興味でやっているようなニュアンスを醸し出すので読者に重たい印象を与えない。そして社内でも敬遠される地雷だらけのプロジェクトにて再度タッグを組むうちに、ミナミとは奇妙な友情を築くことになる。

(かくかくしかじかありミズホ以外の理由でミナミは荻原とあっさりと別れ、その後すぐに新しい男と恋に落ちる。主人公、男が途切れない上に死ぬほどメンタルが強くうらやましい。)


「完璧な女」の武装と、女が自分にかける呪い

ミズホの仕事はいつでもしなやかだ。どんなに忙しかろうが徹夜だろうが頭のてっぺんから爪の先まで綺麗に仕上げて、心を許していない相手にこそ、艶やかなスマイルで淑やかに対応して「完璧な女」として振舞う。ミナミはこれを武装と解釈しているが、これは田中ミズホというキャラクターの本質だなと思う。

 

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「完璧な女」だ 「武装なんだな」

出典:サプリ3巻

 

完璧に美しい装いも、魅力的な女として振る舞いも、心のうちにある繊細さや弱さを見せないための鎧なのだ。自分が他人にどう見られているかに敏感だからこそ、先回りして自分のイメージを守るように立ち回る。心を許した相手の前ほど酒癖悪く子どもっぽく絡むあたりも、「完璧な女」の振る舞いが武装であることがよくわかる。

 

美しい鎧を着たミズホは、同時に女性が自分にかけてしまいがちな呪いに分かりやすくとらわれてもいる。初登場時、彼女の左薬指を見て既婚者であることに気づいたミナミに

 

結婚したくらいじゃねぇ 人生変わらないのよー むしろ変えない為に結婚したんだけど

出典:サプリ2巻

 

と言い放ったあと、子どもを持たないことに対し言い訳めいた主張をする。まだミナミは何も言っていないにも関わらず自ら子どもがいないことを牽制するのは、彼女が心根ではそれを負い目に感じていることがよくわかる描写だ。

 

少子化問題とか少子化対策とか!いい大学出て就職していい子だったつーの!この歳ではじめて”問題児”扱いよ

出典:サプリ9巻

 

私はミズホに女としても仕事人としても遠く及ばないが、少し今の境遇は近しいものがある。26歳の時に結婚しもうすぐ30歳になるけれど、まだ子どもを持つ計画がない。そして、本当に欲しいのかわからなくなっている。

 

他人に対しては絶対そう思わないのに、「結婚して誰かに選ばれた実績がないと女として終わる」そういった呪いを自分にかけているは女性は多くて、私も例外ではない。もちろん夫のことは心から愛していて結婚した。でもプロポーズをされたとき、26歳で結婚できることに対して安堵したことは否定できない。「なんで結婚してないの?」という言葉や目線に30歳を目前に耐えられる自信がなかったし、若い時間が終わっても、誰かに選ばれた魅力的な女だという実績を持っていられるような気もしていた。だからこそ、ミズホの「人生を変えないために結婚した」というセリフに「他人に自分が魅力的な女でないとジャッジされたくなかった」というニュアンスが含まれていると感じるようになった。

 

そして結婚すれば、今度は「女に生まれたのに子ども生まない選択をしていいのか?」という新たなプレッシャーを感じるようになる。私は何のために生まれてきたのだろう?なぜ働いているんだろう?女として生まれたのに、何も残さないで死んでいくことは許されるんだろうか?と悩み、外的なプレッシャーに影響されている部分も否定はできないけれど、「生まない女」である自分を自分が一番責めているなと最近よく考えている。

 

バクのような男、荻原との恋

前述した通り、主人公藤井ミナミの最初のロマンスの相手だった荻原の心は、作中通してずっとミズホのものだった。

 

2人は学生時代に出会って強烈に惹かれ合い、ミズホを追いかける形で同じ会社に就職した荻原が東京本社と大阪支社を行き来しながら交際を続けたが、ミズホは別の男と結婚することを選ぶ。


だが結婚後もミズホは自分の欲しいままに荻原を求め、要は今やすっかり世論の風当たりが強くなった不倫の関係にあるのだけれど。よくある不倫モノのような重苦しい雰囲気がこの2人の間には流れない。

 

「荻はねえ バクみたいな男だったのよ。悪い夢を見たとき枕元にきてそれをそっと食べてくれるみたいな 働く女の必需品

出典:サプリ4巻

 

”荻様”と社内の女性たちから持て囃される端正なルックスと身のこなしで、欲しい時にそばに来て欲しい言葉や態度をくれる男。美しく武装して働きながら自分の価値を模索し続けるミズホにとって、荻原はまさにサプリメントなのである。だから執着するし決して手放さない。

 

だが一方で、荻原の根っこが「九州男児※」であるがゆえに肝心な時に分かり合えないことも分かっているので、パートナーには決して選ばない。荻原に対し、あくまで大好きな都合の良い男としてわがままに接するのである。そこが田中ミズホの脆さであり強さだ。矛盾を抱えているようでもあり、欲しいものがハッキリしているようでもあって愛おしく感じる。

※実際に荻原が九州男児であるという設定はないが、ミズホやミナミといった広告業界でバリバリ働く女たちを好きになるのに、心底では3歩下がって自分についてくる女を求めているという意味で、実際に作中で使われている表現である。

 

働く女を肯定するために、働く

サプリは最終話にて、女が働くことの意味を「自分で未来を選べるようになるため」と結論づけている。では、ミズホが選んだ未来とは何だろうか。

 

私たちは何のために 仕事をしているのか

何のために 強くあろうとするのか

出典:サプリ10巻

 

ミズホは仕事はデキるが、ミナミのようにがむしゃらに働いているようには見せない。何なら「仕事なんていつでもやめられるわ」と言うほどには、目の前の仕事そのものには執着をしていない。

 

でも一方で、男性社会の職場において女性たちが直面する理不尽を目の当たりにしては

 

「あーもう やっぱり私が出世するしかないじゃなーい」

出典:サプリ6巻

 

と、自分が出世戦争を勝ち抜くことで働く女たちを救ってやりたいという意志を見せる。彼女はきっと、「働く女を肯定する」未来を選んだのだろうな、と思う。男には決してわかりえない、働く女たちのユートピアを作るために。自分を含めた「女」という生き物に対し、ここまで共感性を持ち合わせて愛しているキャラクターを私は他に知らない。

 

最初に読んだときには「欲しいものを全て手に入れて悟りを開いた女」程度の解像度で見ていたミズホに対しここまで愛着を覚えるのは、私も大人になった証拠だと思っていいのだろうか。

 

今回はここまで。


おまけ

ドラマのサプリは死ぬほど駄作で、登場人物の名前が同じだけで全く別の作品。まじで全然違う話で原作への冒涜だとすら思う。そして何より、ドラマオリジナルキャラクターの佐藤浩市がクリエーティブ局なのが解せなすぎる。佐藤浩市は営業局長一択でしょ…。。。ただ、広告代理店への漠然とした憧れを醸成するコンテンツではあったかもしれない。放映当時私の世代は中学生だったけど、広告マンという職業を知ったきっかけだった。在りし日の完全体KAT-TUNが歌うオープニング曲は割と好きだった。

www.fujitv.co.jp

 

ミズホと荻原は不倫カップルなのに爽やかなのが不思議ですが、ちなみに私が地獄みたいだなと思った不倫モノは「あなたのことはそれほど」。いくえみ先生の作品も大好きで一通り読んでるけれど、唯一あなそれだけは読後感が重すぎて二度と読みたくない)

 

ミズホとはタイプが違うものの、都合の良い男をどこまでも都合のいい男としてわがままに欲する女が出てくるのが江國香織さんの『東京タワー』で、チャラい大学生の耕二と不倫する人妻の喜美子がそう。本気で耕二のことは好きなんだけど、好きなだけ。身勝手な欲望をぶつけまくる激しい女です。江國作品は基本登場人物のモラルが終わっているのですが、文体が美しすぎてドロドロな設定も透明感が出てさらっと読めてしまうので好き